則天去私の文学論 『英国篇:薔薇戦争』

長谷部さかな 著

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『薔薇戦争』まとめ 2017年8月
   2017/8/21 (月) 06:09 by Sakana No.20170821060903

2017年8月

・ランカスター家に訪れる天の眼(太陽)
・ヨーク家の太陽
・忠義(loyalty)
・忠義(2)
・忠義(3)
・忠義(4)

「太陽はあるときはランカスター家の上にのぼ
り、またあるときはヨーク家の上にものぼりま
す」
「時差がある。ランカスター家のボリングブル
ックがリチャード二世の王位を奪い、ヘンリー
四世として国王の座についたが、ヨーク公エド
ムンド・オヴ・ラングレイには自らが国王にな
ろうとする野心はなかった」
「忍耐の人、忠義の人、日和見の人、二流の人、
そして長寿の人です」
「彼の子孫から王位への野心を燃やすエドワー
ド四世やリチャード三世が生まれたのは歴史の
皮肉というしかない」
「<天がすべておみそなわしたことを忘れぬよ
うにな>(Lest you mistake the heavens are 
o'er our heads.)と、ボリングブルックをいま
しめていたのに、 <われらが国王ヘンリー四世
陛下、万歳!>(And long live Henry, fourth 
of that name!")と叫んで、ごまをすり、息子
のオーマール公を<謀反だ! けがらわしい謀反
だ!  悪党め! 謀反人め! 下郎め>(Treason! 
foul treason! Villain!  Traitor! Slave!")
とののしります。忠義の人かもしれませんが、
まったく節操がなく、恥も外聞もない行動をと
っているように見えます」
「まったく長生きをする老人にろくな者はいな
い。(There's no fool like an old fool.)」
      (『薔薇戦争』第一部了。
           第二部以降については未定)




忠義(4)
   2017/8/18 (金) 06:45 by Sakana No.20170818064537

08月18日

"York. Against them both my true joints bended be,
 Ill mayst thou thrive, if thou grant any grace!" 
"Duchess. His eyes do drop no tears, his prayers are in jest;
  His words come from his mouth, ours from our breast."
"King. I pardon him, as God pardon me."
"Duchess. O happy vantage of a kneeling knee.
"King. With all my heart I pardon him."
"Duchess. A god on earth thou art,"

ヨーク この二人をお許したまらぬよう、忠義の膝を折り曲げお願いいたします。
公爵夫人 彼の目からは涙が落ちてまいりません。たわむれに嘆願しているのです。/
  彼の言葉は口から出てまいりますが、私どものは心の底から出てくるのです。
王 彼を許そう、神がわたしを許し給うごとくに。
公爵夫人 ああ、跪く膝のありがたい功徳よ。今一遍、「許す」と繰り返したまへ。
王 心の底から彼を許そう。
公爵夫人 あなた様はこの世の神様です。
(『リチャード二世』第五幕 第三場)『文学論』p117 夏目漱石訳)   

「この場面について漱石は、<古往今来女性
とは如此く正義の念に乏しきものにして、通
常識者が見て笑ふべき言語動作を敢てして、
毫も恥とせざることあり。これこの女性がそ
の夫とよく対照して裏面より忠義の真面目を
発揮する所以なり>と評しています。どう思
いますか?」
「<女性とは如此く正義の念に乏しきもの>
とは、ひどい女性蔑視の発言だ」
「『文学論』の執筆は日露戦争が行われた明
治三十年代ですから、まだ平塚雷鳥のように
<元始、女性は実に太陽であった。真正の人
であった>(『青踏』)と主張する<新しい
女>は登場していません」
「ヨーク公の正義の念や忠義にも疑わしいと
ころがある。彼は単なる日和見主義者で、要
するに強い者につくのが忠義だと心得ていた
のではないか」
「では、過去にさかのぼって、ヨーク公のそ
れまでの言動をふりかえってみましょう」


忠義(3)
   2017/8/15 (火) 08:32 by Sakana No.20170815083226

08月15日

"Duchess. O king, believe not this hard-hearted man!
  Love loving not itself none other can."
York. Thou frantic woman, what dost thou make here?
  Shall thy old dugs once more a traitor rear?"
公爵夫人 ああ、王さま、この無慈悲な男を信じないでくださいませ!
 自分自身ともいうべき者を愛さないで、他の人々を愛せるものですか。
ヨーク この狂った女め、ここで何をしでかすつもりなのだ? 
 その古びた乳房でもう一度、謀反人を育てようというのか?
  (『リチャード二世』第五幕 第三場)『文学論』p117 夏目漱石訳) 

「国王ヘンリー四世ボリングブルックの前でヨ
ーク公夫妻が夫婦喧嘩をし、お互いにののしり
あっています」
「国王への反逆者の一味であることが露見した
息子オーマール公を処罰せよという夫と息子の
命をどうか救ってくださいと懇願する妻、どち
らのloyalty(忠誠心)に理があるという問題で、
息子の生殺与奪の権を握っているのは国王だ」
「国王への忠義という点ではヨーク公がまさる
が、息子への愛情では公爵夫人のほうがまさっ
ています」
「愛情を表現する英語はloveまたはaffectionで
あって、loyaltyではないだろう」
「しかし、夫婦や親子の間にもloyalty(忠誠心)
はあるはずです」
「ヨーク公爵夫妻は国王の前で喧嘩したとき、
おたがいにたいするloyalty(忠誠心)はなくし
ていた。夫婦間のloyalty(忠誠心)は無に近い」
「結果として息子の命は救われました。母親の
懇願がきいたせいかもしれませんが、国王にた
いする父親の忠ならんとすれば孝期待せずとい
う阿諛追従の姿勢が国王を動かしたのではない
かとも思われます。父親も内心では息子の命を
救いたいと願っていたにちがいありません」
「そうすると、ヨーク公爵夫妻は役割分担をし
てランカスター家の国王の心に働きかけ、結果
的に息子の命を救うことに成功したことになる」


忠義(2)
   2017/8/12 (土) 07:30 by Sakana No.20170812073009

08月12日

"Bolingbroke. And thy abundant goodness shall excuse
   This deadly blot in thy digressing son.
"York. Mine honour lives when his dishonou dies,
 Or my shamed life in his dishonour lies;
 Thou kill'st me in his life; giving him breath,
 The traitor lives, the true man's put to death."

ボリングブルック そなたの溢れんばかりの善良さのゆえに
 道を踏みあやまったそなたの息子の大罪も許されよう。(『文学論』p116 夏目漱石訳)ヨーク 私の名誉は息子の不名誉が死ぬとき生きるのです。/
 そうでなければ、私の生涯は息子の不名誉によって恥辱にまみれたままでいます。/
 彼を生き延びさせることによって、あなたは私を殺すことになるのです。彼に息を与え/ 謀反人を生き永らえさせれば、真の心をもった人間が殺されることになるでしょう。
  (『リチャード二世』第五幕 第三場)『文学論』p117 夏目漱石訳)  

「ヨーク公が新国王ボリングブルックのヘン
リー四世への忠義心から息子のオーマール公
を謀反人として国王に告発した場面の続きで
す」
「ヨーク公は新国王への忠義(loyalty)を美
徳と考えており、ランカスター家の新国王も
それを当然のこととして受けとめている」
「ランカスター家とヨーク家はプランタジネ
ット朝を支える車の両輪で、いわば対等の身
分でした」
「ところが、プランタジネット朝のリチャー
ド二世に代わってランカスター家のボリング
ブルックが王になると、ヨーク公エドムンド・
オヴ・ラングリーは新国王への忠臣になって
しまった。おかしいと思わないか」
「ヨーク公には自らが国王になろうとする覇
気はなく、二流の人に甘んじいます」
「彼に覇気があれば、薔薇戦争はこの時点で
はじまっているはずだ」
「そうですね。しかし、ヨーク公の忠義(loyalty)
には日和見的なところがあります。それが美
徳(virtue)ないし必然(necessity)といえ
るかどうかは疑問ですが」


忠義(loyalty)
   2017/8/9 (水) 06:13 by Sakana No.20170809061357

08月09日

"York. Treason! foul treason! Villain! 
 Traitor! Slave!"
ヨーク公  謀反だ! けがらわしい謀反だ! 
 悪党め! 謀反人め! 下郎め!
   (『リチャード二世』第五幕 第二場)(『文学論』上p114 夏目漱石訳)) 

「このセリフは夏目漱石の『文学論』では複
雑情緒のうち忠義(loyalty)の文例とされて
います。曰く古来我国において独特の強度を
有したるこの情緒は決して単純なるものにあ
らず」
「情緒は複雑でも、セリフそのものは単純な
罵(のの)しりことばにすぎない」
「英文学中最もよく忠義(loyalty)の情を発
揮せるは『リチャード二世』でヨーク公がそ
の子オーマール公の陰謀を観破し、これを国
王に告訴せる一段と『文学論』には紹介され
ています」
「国王はリチャード二世か?」
「いいえ、リチャード二世から王位を奪った
ランカスター家のボリングブルック、つまり、
ヘンリー四世です」
「すると父親というのは?」
「摂政のヨーク公エドムンド・オヴ・ラング
リー (初代ヨーク公、1341年-1402年)です」
「ヨーク公爵が摂政として甥のリチャード二
世に忠義をつくすなら筋が通るが、もう一人
の甥の王位簒奪者ランカスター家のボリング
ブルックへの忠義を優先させるというのは理
解に苦しむ。息子オーマール公のほうが先君
リチャード二世への忠義を忘れない天晴れな
若者と見るべきではないか」
「その辺については漱石先生がどのように考
えておられたのでしょうか。私は講義を聞い
ていないので、わかりません」
「賢臣は二君に仕えず"A faithful servant 
will not serve two masters."という。そも
そも、ボリングブルックが謀反人の王位簒奪
者だとすると、父親の忠義(loyalty)という
のもあやしくなる。漱石の正義感と忠誠心も
疑わしい。このプランタジネット家からラン
カスター家への王権移譲の際、ほんとうにボ
リングブルックの側に正義があったのだろう
か」
「さあ、そこは複雑情緒のからまりあう英国
史ですから日本人の私には何ともいえません」
「その黒白をうやむやのままにしたままでは、
薔薇戦争の真相がわからなくなる」


ヨーク家の太陽
   2017/8/5 (土) 05:48 by Sakana No.20170805054819

08月06日  

"Now is the winter of our discontent
 Made glorious summer by the sun of York,
 And all the clouds that lour'd upon our house
 In the deep bosom of the ocean buried.

 But I, that and not shaped for sportive tricks,
 Nor made to court an amorous looking-glass;
 I, that am rudely stamp'd and want love's majesty
 To strut before a wanton ambling nymph;
 I, that am curtail'd of this fair proportion,
 Cheaated of feature by dissembling nature,
 Deform'd unfinish'd sent before my time
 Into this breathing world scarece half made up,
 And that so lamely and unfashionable
 That dogs bark at me as I halt by them;
 Why, I, in this weak piping time of peace,
 Have no delight to pass away the time,
 Unless to spy my shadow in the sun
 And descant on mine own deformity;
 And therefore, since I cannot prove a lover,
 To entertain these fair well-spoken days,
 I am determined to prove a villain
 And hate the idle pleasures of these days."
    Richard III. Act i. sc.i. II. 1-31.

 今や、われらの不満の冬は/
 ヨーク家の太陽で晴れやかな夏に変わった。/
 わが家に垂れこめていた雲は/
 ことごとく海の底深く埋められた。/
  ---だが俺は、浮かれ遊びに向いていないし、/
 鏡を覗いてわが顔にうっとりするようにできてもいない。/
 粗雑なつくりで、俺には愛されるにふさわしい威厳がなく、/
 気紛れなうわついた別嬪の前を気取って歩く押し出しもない。/
 俺はこの体の釣り合いを寸詰まりにさせられ、/
 二枚舌の自然の神にいい器量を騙し取られ、/
 不具で、未熟で、はんぱな出来のまま、/
 時満ちる前にこの世へ送り出され、産声を上げさせられたんだ。/
 足萎えで不格好な俺が/
 よたよたと通っていくと、犬どもが吠えかかる。/
 こんな柔な、太平楽をかなでている世では、/
 俺のようなものには時間つぶしの楽しみがない。/
 日向で自分の影を見て、/
 己が姿の醜さをぶつくさ並べたてるのが精一杯だ。/
 そんなわけで、口先上手の連中が幅をきかすこの時代に/
 ちやほやされる色男なんぞなれそうにない。/
 だからここは一番、悪党となって、/
 今日この頃の阿呆らしい歓楽を呪ってやろうと心に決めたのだ。
   ーー(『リチャード三世』第一幕第一場、一ー三一行 夏目漱石訳)

「こんどはヨーク家の太陽です」
「また、おそろしく長文だな」
「ランカスター家に訪れる太陽のセリフととも
に『文学論』にも引用されている有名なセリフ
です」
「ヨーク家の長い不満の冬が晴れやかな夏の太
陽になったというのだが、その夏はあまりにも
短かった」
「赤薔薇ランカスター家と白薔薇ヨーク家を対
照的に描き分ける沙翁の描写力にはたいしたも
のですが、『文学論』でその対照的なセリフを
巧みに引用している漱石先生の眼力にも頭がさ
がります。則天去私の<天>は漢学に由来して
いると思いますが、英文学でも沙翁のこれらの
セリフは則天去私の方向を示していると思いま
す」
「たまたま、太陽がランカスター家の上に出た
り、ヨーク家の上に出たりしただけのことだろ
う」
「因果応報、オテントウサマは見ておられるこ
とを薔薇戦争の歴史から学びましょう」


ランカスター家に訪れる天の眼(太陽)
   2017/8/3 (木) 06:13 by Sakana No.20170803061337

08月03日

"Gaunt. All places that the eye of heaven visits 
 Are to a wise man ports and happy havens. 
 Teach thy necessity to reason thus; 
 There is no virtue like necessity. 
 Think not the king did banish thee, 
 But thou the king. Woe doth the heavier sit, 
 Where it perceives it is but faintly borne. 
 Go, say I sent thee to purchase honour
 And not the king exiled thee; or suppose
 Devouring pestilence things in our air
 And thou art flying in a fresher clime;
 Look, what thy soul holds clear, imagine it.
 To lie the way thou go'st, not whence thou comest;
 Suppose the singing birds musicians,
 The grass whereon thou tread'st the presence strew'd,
 The flowers fair ladies, and thy steps no more
 Than a delightful measure or a dance;
 For gnarling sorrow hath less power to bite
 The man that mocks at it and sets it light.
                --Richard II. Act I. sc. iii. ll. 275-93

ゴーント 天の眼(太陽)の訪れるすべての土地が/
 賢い人間には、港であり、幸せな避難所なのだ。/
 窮境ほどありがたいものはない。/
 とこう、窮境を考えるようにするのだな。/
 王がお前を追放したのではなく、/
 お前が王を追放したのだと思え。/
 災いは、耐える力が弱いと認めたところに一段と重くのしかかるものだ。/
 わたしがお前を出世させるために旅に出したのであって、/
 王に追放されたのではないと考えるがいい。/
 あるいは、すべてを食らい尽くす疫病がこのあたりの空気には漂っている/
 それを避けて、お前はもっと清らかな空気のある場所へ移ると思うがよい。/
 そうだ、お前が心に大切に思うものは/
 お前の行く手にあって、あとにして来た場所にはないと想像してみるのだ。/
 囀る鳥を音楽家、/
 踏む草を花を撒き散らした謁見の間、/
 花は美しい貴婦人、お前の足取りは/
 美しいダンスのステップと思いなさい。/
 牙を剥き出して襲いかかる悲しみも/
 それを馬鹿にし、軽くあしらう人間に対しては、咬みつくことなどできないのだから。
    ーー(『リチャード二世』第一幕第三場、二七五ー二九三行 夏目漱石訳)

「ボリングブルックがリチャード二世に追放
されたとき、父親のランカスター公ジョン・
オヴ・ゴーントが息子を慰める場面のセリフ
です」
「また、"There is no virtue like necessity."
(窮境ほどありがたいものはない 漱石訳)
を持ち出してきたが、くどすぎるのではない
か。これで三度目だ」
「『文学論』に引用されており、『則天去私
の文学論』の謎解きをする上でも重要なセリ
フです。一度では理解していただけないと思
い、二度、三度と引用文をだんだん長めにし
ながら紹介させていただきました」
「三度目の正直でも、正直いって"necessity"
が"virtue"というのがよくわからん」
「老公爵がジョン・オヴ・ゴーントが息子に
言ってきかせる訓戒はわかるでしょう。薔薇
戦争の種はこのボリングブルックの追放劇に
あるのです」
「それはわかっている」
「漱石曰く、Henry BolingbrookがRichard II
に追放せられて、その父John of Gauntと訣別
する節を読むとき、吾人はまた人生一面の真
理が躍然として紙上に生動するを覚ゆ」


『薔薇戦争』まとめ 2017年7月
   2017/7/31 (月) 09:38 by Sakana No.20170731093803

2017年7月

・必然(4)
・必然(5)
・必然(6)
・必然(7)
・必然(8) 
・必然(9)
・逆境(2)
・天意(1)
・天意(2)
・天意(3)
・天意(4)

「必然("necessity")と逆境("adversity")
および天意("heaven", "heavens")の使用例
をいくつか集めてみました」
「"necessity"には必然という意味と必要とい
う意味があり、日本語への翻訳では適宜使い
分けがされている」
「"necessity"は逆境と訳されることがあり、
その場合、"necessity"は"adversity"という
意味に近くなります」
「天意"heaven", "heavens")という意味に近
づくこともある」
「話し手の意志によって意味が違ってきます。
話し手がキリスト教徒の場合は、必然は天意
あるいは神意に近づくと思います」
「天意と神意は違うだろう」
「それについては、沙翁の歴史劇からもっと
使用例を収集した上で、検討することにしま
しょう」



天意(4)
   2017/7/31 (月) 06:13 by Sakana No.20170731061306

07月31日

"Artois. But they shall find that forged ground of theirs
 To be but dusty heaps of brittle sand.
Artois. Perhaps it will be thought a heinous thing,
 That I, a French man, should discover this;
 But heaven I call to record of my vows:
 It is not hate nor any private wrong,
 But love unto my country and the right,
 Provokes my tongue, thus lavish in report.
 You are the lineal watchman of our peace,
 And John of Valois indirectly climbs;"

アルトワ フランス人である私がこのことを明かすのは、
 非道だと思う人もおりましょうが、
 私の誓いは天も照覧あるもの、
 憎悪でも個人的な恨みでもなく、
 わが国への愛と正義ゆえに、
 こうしてこの舌をふるうのです。
 陛下は、われらが平和の正当なる守り手、
 ヴァロワ家のジャンが王座にのぼるのは不当です。
       (『エドワード三世』 河合詳一郎訳)

「アルトワ伯爵が<私の誓いは天(heaven)
も照覧あるもの>と言っています」
「アルトワ伯爵とはだれだ?」
「フランスのヴァロワ王朝の創始者フィリッ
プ六世(在位、1328-50)の義弟です。フラン
ダース州アルトワの領地相続権をめぐるトラ
ブルでフランスを追放され、イングランドに
亡命しました。エドワード三世よりリッチモ
ンド伯爵の称号を得て、反フランスの結束を
固めたことが百年戦争のきっかけとなってい
ます」
「フランス人も天(heaven)を知っているの
か」
「フランス人もイギリス人も中国人も日本人
も天を頼っています。何かを誓うときは、天
も照覧あれ、というのはどうやら万国共通の
ようです」


天意(3)
   2017/7/28 (金) 07:29 by Sakana No.20170728072926

07月28日

"Morton. But now the bishop
  Turns insurrection to religion;
  Supposed sincere and holy in his thoughts,
  He's followed both with body and with mind;
  And doth enlarge his rising with the blood
  Of fair King Richard, scraped from Pomfret stones;
  Derives from heaven his quarrel and his cause;
 Tells them he doth betride a bleeding land,
  Gasping for life under great Boringbrock;
  And more and less do flock to follow him."
モートン ところが、大司教みずから
 ご出陣されるとなれば、謀反も聖なる戦になります。
 神にも良心にも恥じぬお心からの挙兵と思い、
 従う兵士たちは身も心も捧げて戦に励みます。
  しかも、ポンフレット城の石畳に流された
 故リチャード二世の血にたいする復讐、という名分が、
 大司教の軍にそなわり、天意にもとづく戦となります。
 さらに、ボリングブルックの圧政下に、血を流し
 あえぎ苦しむ祖国を守るのだ、と天下に訴えれば、
 身分の上下を問わず大司教のもとに馳せ参じるでしょう。
       (『ヘンリー四世』第二部第一幕第一場 小田島雄志訳)

「天意にもとづく戦は聖なる戦とモートンが
言っています」
「モートンとは誰だ?」
「反乱を起こしたノーサンバランド公の家臣
です」
「十字軍もそうだが、天意にもとづくかどう
かは誰も証明できない」
「この引用箇所の場合は、神の代理人たるヨ
ーク大司教スクループみずからがご出陣なさ
るので、国王ヘンリー四世への謀反でも聖な
る戦になるという理屈です」
「大司教(Archbishop)だろうが、法王(Pope)
だろうが人間にかわりない」
「神の代理人ですよ」
「異教徒からみれば、神の代理人とはみとめ
られない」
「そんなことをいう異教徒がいるから、キリ
スト教徒は天意にもとづいて、エルサレム奪
還のために十字軍を遠征させたり、異教徒の
国を植民地にしたりして、異教徒をこらしめ
るとともに、その支配を合理化、正当化した
のです」
「Good Heavens! (あら、まあ、大変だ!)」



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則天去私の文学論 『英国篇:薔薇戦争』 長谷部さかな 著
 Copyright (C) Sakana Hasebe 2017