則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』

長谷部さかな 著

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寒くなり
   2018/2/26 (月) 06:05 by Sakana No.20180226060539

02月26日

心中を思ひとまると寒くなり  剣花坊

 心中を思いとまったら寒くなる、という
ことは、思いとまるまでは寒さを感じてい
なかったのか。一緒に死のうとお互いに燃
えている間は熱が出て、寒さを感じないの
だろう。
 それとも、死んでしまえば寒くないが、
生きると寒いという意味だろうか。
  作者の井上剣花坊(1870-1934)は、心中
はせず、仮寓先の鎌倉の建長寺において脳
溢血で倒れた。没後は妻の信子が夫の意思
を継いで川柳誌の発行を続けている。
 味覚の句「何よりも母の乳房は甘かりし」、
視覚の句「活眼をひらくとゴミが眼にはい
り」、聴覚の句「咳一つ聞えぬ中を天皇旗」
なども剣花坊の作。


大寒の埃
   2018/2/19 (月) 06:51 by Sakana No.20180219065107

02月19日

大寒の埃の如く人死ぬる   虚子

  昭和16年1月の作。その前年の3月に詠んだ
「大寒や見舞に行けば死んでをり」に通じる
主観的な句のような印象を受けるが、虚子に
自句鑑賞させれば、人間を客観写生した句で
あり、いわば、花鳥諷詠のようなものだとい
うかもしれない。
 昭和16年といえば、日中戦争がどこまで続
く泥濘の状態で動きがとれなくなっていた上
に、年末近くになって日本が鬼畜**国に対
して宣戦布告をした年である。それから昭和
20年8月までに日本人だけでも約240万人が大
寒の埃の如く死んだ。、
 そう考えると、虚子のこの句は客観写生の
句であり、人間の運命を客観視した虚無的な
匂いのする句といえないこともない。


彼岸の入に寒いのは   
   2018/2/12 (月) 06:43 by Sakana No.20180212064338

02月12日

毎年よ彼岸の入に寒いのは   子規

 明治二十六年(1893)、正岡子規二十五歳
のときの作。前書に「母上の詞自ら句になり
て」とある。子規の母親八重がつぶやいた日
常のことばが、そのままのかたちで俳句にな
っている。

 いわゆる口語体俳句のはしり、なんだ、俳
句とはそんな日常的で、簡単に表現できるも
のだったのかというのが新しい発見ーーーそ
のことをあらためて読者に気づかせてくれた
のが子規の功績とされている。 

 「師の風雅に万代不易あり。一時の変化あ
り。この二つ究り、其の本は一つなり(服部
土芳「三冊子」)。「風雅の誠」にかなって
いるかどうかはわからないが、芭蕉晩年の
「軽み」にの主張はかなっていると思う。


はなまにえの時
   2018/2/5 (月) 08:21 by Sakana No.20180205082103

02月05日

五右衛門はなまにえの時一首よみ 古川柳

 天下の大盗石川五右衛門は、太閤豊臣秀吉秘蔵
の香炉に手をつけて捕らわれ、京都三条河原で釜
ゆでの刑に処せられた。
 
 石川の浜の真砂はつきるとも世に盗人のたねはつきまじ

 というのがその時の辞世だそうだ。その辞
世もよい、と林富士馬はいう(『川柳のたの
しみ』)。たしかに五右衛門の時代から二十
一世紀の現在に至るまで世に盗人のたねはつ
きていない。不滅の真理だが、その一首がで
きたのは、釜の湯が熱くなりすぎる直前のな
まにえの時たったのだろうか。
 林富士馬は、川柳の独自な文学領域に当代
の風俗世態、人情の穿ちとともに詠史がある
と指摘し、「川柳の詠史は、川柳でしか表現
し得ないものを射あてている」ともいう。


酒あたためて
   2018/1/29 (月) 07:06 by Sakana No.20180129070643

01月29日

厳寒に酒あたためて紅葉鍋 柳多留百二十八編

 牡丹鍋はイノシシの肉、紅葉鍋シカの肉の
鍋のことである。厳寒に酒をあたためて、イ
ノシシやシカの肉を食べると、ご馳走である
上に、精力がつくことを江戸時代の人々は知
っていた。病人が喰うのを「薬喰い」と言っ
て、俳諧のことばにもなっていたらしい(林
富士馬『川柳のたのしみ』)。

 薬喰ひ隣の亭主箸持参  蕪村
 相伴に猫も並ぶや薬喰い 一茶

 肉食は穢れ(神道)、殺生戒(仏教)とし
て江戸時代の人々のタブーとされ、牛肉や豚
肉は口にしなかったが、馬肉は桜鍋と称して
庶民の腹をあたためるご馳走とみなされてい
た。吉原や深川の馬肉料理店はけとばし屋と
いって、繁盛していたという。


涼しさ
   2018/1/24 (水) 07:53 by Sakana No.20180124075305

01月22日

立涼み寝涼みさても涼しさよ  一茶 

  立っても涼しいし、寝ても涼しい。何とい
う涼しさだろう、というだけの句だと思う。
加賀千代女の作と誤り伝えられている「起き
て見つねて見つ蚊帳の広さかな」と似たよう
な単純な反復(リフレイン)だが、「蚊帳の
広さ」は空間であり、「涼しさ」は温度。
 温度は涼しければよいというものでもない。
やはり一茶に「大の字に寝て涼しさよ淋しさ
よ」という句がある。涼しさがきわまれば淋
しくなるのかもしれない。
  「起きて見つねて見つ蚊帳の広さかな」と
いう句は、「起きて見つ寝て見つ部屋の広さ
かな」というかたちで、後世に伝わっている
が、作者は千代女ではなく、遊女浮橋らしい。
(『俳諧狂句』2017年8月14日参照)。


夜寒
   2018/1/15 (月) 07:13 by Sakana No.20180115071331

01月15日

巫女(かんなぎ)に狐恋する夜寒かな    蕪村

 人間にとって夜寒は恋をする気分になれそ
うもないが、狐なら夜寒でも恋をするかもし
れない。その恋の相手は人間の巫女(かんなぎ)
という想像の句である。狐に恋された巫女は
嬉しいだろうか。
 狐が鳥羽上皇に仕える美しい女官に化け、
上皇の寵愛を受けたと伝えられるのは玉藻前
である。上皇は体調をくずし、病に伏せった。
医師たちにはその原因がわからなかったが、
陰陽師の安倍泰成が玉藻前の仕業と見抜いた。
陰陽師が真言をとなえると、玉藻前は正体を
あらわし、九尾の狐の姿になって、行方をく
らます。その後、狐は那須野で毒石に変化し、
旅人を悩ませたという。芭蕉の「おくのほそ
道にいう。「殺生石は温泉に出る山陰にあり」。


暖かさ      
   2018/1/8 (月) 07:11 by Sakana No.20180108071141

01月08日

梅一輪一輪ほどの暖かさ         嵐雪

  この句、小学生か中学生だった頃、国語の
教科書に載っていたように記憶がある。それ
以来ずっと記憶の奥にあるほどの句あるが、
あらためて考えてみると、なぜ梅一輪ほどの
暖かさなのかがわからない。なぜ桃一輪、桜
一輪、あるいは薔薇一輪ではいけないのか。
 その暖かさは、温度計で、たとえば摂氏十
七度と表示できるものではない。数字は単な
る目安であって、感覚の実体を伝えるもので
はないだろう。
 冬の寒さがすこしやわらいだ初春の頃、肌
に感じる感覚ーーだとすれば、やはり梅一輪
ほどの暖かさかもしれない。二輪、三輪、あ
るいは十輪、百輪ではいけない。梅一輪の温
度は数字ではなく、質感である。


涼しさや
   2018/1/1 (月) 05:18 by Sakana No.20180101051848

2018年01月01日

涼しさやほの三日月の羽黒山     芭蕉

  芭蕉は、「おくのほそ道」で出羽三山について次のよ
うに書き残している。

  六月三日、羽黒山に登る。
  八日、月山にのぼる。
  日出て、雲消えれば、湯殿に下る。

 湯殿山に登ったという記述はない。念のため、標高を
チェックしてみたら、羽黒山の標高は418m、月山は1500m、
それに対して湯殿山は1954mである。健脚の芭蕉でも湯殿
山に登るのは遠慮したのかもしれない。
 
  有難や雪をかほらす南谷
  雲の峰幾つ崩れて月の山
  語られぬ湯殿にぬらす袂かな
  湯殿山銭ふむ道の泪かな   曽良


暑き日
   2017/12/25 (月) 07:03 by Sakana No.20171225070308

12月25日

暑き日を海にいれたり最上川     芭蕉

  「五月雨をあつめて早し最上川」の最上川は山形県酒
田市で日本海に注ぐ。『おくのほそ道』によれば、芭蕉
と曽良は、「川舟に乗りて、酒田の港に下る。譚庵不玉
と云ふ医師の許を宿とす」という。
 そこで詠んだのがこの句だが、「暑き日を海に入れた
り」というのはどういう意味だろう。おそらく「暑き日」
とは太陽のことで、太陽が日本海に沈んだ情景だろうと
思うが、では誰が太陽を海に入れたのか、その結果、温
度が下がって、急に涼しくなったのだろうか、などと読
者の想像はひろがる。
 『継尾集』によれば、「涼しさや海に入れたる最上川」
という別バージョンの句もあるそうだから、太陽を海に
入れたのは最上川であり、その結果涼しくなったと解釈
することができる。最上川が太陽を海に入れるわけがな
いが、その発想は面白い。


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則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』 長谷部さかな 著
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